近年、世界的に動物福祉や環境教育の重要性が認識され、動物園の役割が多様化しつつあります。各国では、従来の娯楽中心の施設から、教育や研究の機能を備えた場へと発展させる動きが広がっています。
この国際的な流れは東南アジアにも及び、ベトナムでも動物園の在り方を問い直す機運が高まっています。都市化が進むなか、動物園やサファリパーク、国立公園は、子どもや地域住民が自然とつながる貴重な場となり、その価値が改めて注目されています。
こうした環境変化を背景に、同国の動物園は教育や保護の視点を取り入れつつ、地域社会や行政、国際団体との協働を通じて新たな方向性を模索しています。本記事では、この転換の背景や課題を整理し、改革に取り組む3つの先進事例を紹介します。
ベトナムの動物園が直面する課題と転換の必要性
ベトナムには20カ所以上の動物園や野生動物公園が存在し、これまで観光収入を軸とした運営が中心でした。しかし現場には、国際基準と比較した際に明らかとなる課題が残されています。
まず制度面では、動物福祉や野生生物の保護を体系的に支える法整備が十分とはいえず、飼育環境の質や展示手法にばらつきがあります。行動展示や環境エンリッチメントといった先進的なアプローチを導入するには、専門人材の育成や継続的な研修も不可欠です。また、社会的な認識の問題も大きな課題となっています。動物園を「娯楽の場」として捉える意識が根強く、教育や研究機能への理解が限定的なため、施設側が学習プログラムや福祉改善に取り組んでも、短期的な収益との両立が難しいケースがあります。
こうした制度面や社会意識をめぐる課題を背景に、動物園やサファリ施設、国立公園の一部では、教育や保護、自然体験を重視した運営への移行が進んでいます。新しい方向性を模索する動きが広がるなか、次に紹介する事例は、その変化を象徴する取り組みといえます。
事例①:クックフオン国立公園(Cuc Phuong National Park) ― 救護、教育、自然体験を統合した保全モデル

ニンビン省に位置するクックフオン国立公園は、ベトナム初の国立公園として豊かな森林生態系を保全しつつ、絶滅危惧種の救護を担う重要拠点です。園内には、霊長類救護センター(EPRC)やカメ類保護センター、小型肉食獣レスキュー施設など、複数の専門機関が集約されています。これらの施設が連携し、違法取引からの救出、リハビリ、繁殖、再導入までを一体的に担う「総合的な保全モデル」を形成しています。教育プログラムとしては、学校団体や大学向けのフィールドワーク、森林生態や霊長類を学べる観察ツアーなど、体験型プログラムも充実しており、来訪者は専門スタッフの案内を通じて、動物の行動や生態、保全への理解を深めることができます。公園全体が環境教育の拠点として機能する点も特徴です。
さらに近年はエコツーリズムの強化が進められ、森林トレッキングや洞窟探検、バードウォッチング、夜間観察など多様な自然体験が提供されています。観光収益の一部を保護活動へ還元する仕組みや地域コミュニティとの協働も進み、保全、教育、観光を循環させる取り組みとして国内外でその成果が認められています。
参考リンク
・クックフオン国立公園の活動詳細:保全意識向上のための教育プログラム
事例②:サイゴン動植物園(Saigon Zoo and Botanical Gardens) ― 都市型動物園の教育転換アプローチ

ホーチミン市中心部にあるサイゴン動植物園は、19世紀に開園した東南アジアでも有数の歴史を持つ施設であり、市民の憩いの場や観光名所として長く親しまれてきました。近年はその伝統を生かしつつ、研究や教育、保全を軸に都市型動物園としての機能を強化しています。
その取り組みの一環として、市内の小中学校と連携した学習プログラムも実施しており、園内での観察体験を通して、子どもたちは生態理解や環境保全について学ぶことができます。また、植物園としての側面にも注力しており、樹木や花をテーマにしたワークショップや市民向けツアーなど、多様な参加型イベントが実施されています。さらに、大学や研究機関との協働も進み、学生実習や共同研究を通じて動物行動学や植物多様性の研究拠点としての役割が広がっています。かつて観覧が中心だった動物園が、学びと保全を生み出す公共資源へと機能転換を図っている点で、都市における新しい動物園の姿を象徴する存在といえます。
参考リンク
・サイゴン動植物園の活動詳細:サイゴン動植物園の保全活動アーカイブ
事例③:ヴィンパールサファリフーコック(Vinpearl Safari Phu Quoc) ― サファリ型の保全と教育の拠点

ベトナム最大級のサファリパークである ヴィンパールサファリフーコック は、2015年の開園当初こそ観光色の強い娯楽施設として認知されていましたが、現在は希少種の繁殖保全と教育普及を中心に据えた運営へとシフトしています。広大な敷地に広がる半自然放飼エリアでは、動物本来の行動が現れやすい環境づくりが進められ、来園者は行動展示に近い形で観察できます。サイやキリンなど大型草食動物の飼育・繁殖の成果も着実に蓄積され、国内における保全研究の一端を担う存在となっています。
さらに、教育分野にも力を入れ、子ども向けイベントや学校向け学習ツアーを拡充しています。観光地でありながら保全と教育を柱とする方針は、ベトナムにおける新しい動物園・サファリのモデルケースとして注目されています。
参考リンク
・ヴィンパールサファリフーコックの活動詳細:子ども向け飼育体験
今後の展望:教育、観光、保護の共存を目指して
動物園やサファリパーク、国立公園の改革を持続的に進めるためには、行政、教育機関、企業、国際団体など、多様な主体が協働できる仕組みが欠かせません。法制度の整備や学校教育への環境学習の導入に加え、観光収益を保全活動へ確実に循環させる「持続可能な運営モデル」の構築が求められています。
こうした取り組みを支える概念として、国際的に注目される「One Welfare(人・動物・環境の健康は相互に結びつくと捉える考え方)」があります。この理念は、獣医学、公衆衛生、環境科学など幅広い領域をまたぐ視点を提供し、動物園の役割を単なる展示や教育にとどめず、社会全体のウェルビーイングと連動させるための枠組みを示しています。
One Welfare を取り入れることで、動物園は保全・教育・公衆衛生を結ぶ社会基盤としての機能をより強く発揮できます。動物を通じた生命倫理教育、地域への衛生啓発、研究機関との連携など、多角的な取り組みが可能となり、施設は「展示の場」から地域社会の持続可能な発展に寄与する拠点へと進化していきます。
まとめ:動物園改革は社会の成熟を映し出す鏡

ベトナムにおける動物園改革は、展示手法の改善にとどまらず、社会全体の価値観の変化を映し出す動きでもあります。娯楽を中心とした従来の役割から、保全研究や環境教育へ重点を移す流れは、動物への倫理意識の高まりや、自然との共生を重視する社会的要請によって後押しされています。今回紹介した3つの事例は、その転換を具現化する先導的な取り組みであり、国内外の多様な主体が協働することで、多面的な成果が生まれています。
今後、制度整備や専門人材の育成、教育機関との連携が進むことで、ベトナムの動物園は「楽しむ場所」から「未来を築く学びと保全の場」へと、さらに確かな進化を遂げていくでしょう。動物園改革は、自然を尊重し持続可能な社会を目指す取り組みの象徴であり、その成熟度を示す指標の一つともいえます。これらの取り組みの積み重ねが、次世代により良い環境を引き継ぐ基盤となるはずです。