心の成長を支える教育とは。ベトナムの孤児院で進む音楽・アート支援の3つの実践

ベトナムでは急速な経済発展の陰で、家庭環境に恵まれない子どもたちのケアが重要な社会課題となっています。これまで孤児院などの児童養護施設では、衣食住の確保や基礎教育の提供が最優先されてきました。しかし近年では、子どもたちの心のケアや自己肯定感の向上を目的としたアート教育や音楽活動の重要性が注目されています。

音楽や芸術を通じた支援は、情操教育の枠を超えた側面を持つ取り組みとして位置付けられています。過去に困難な経験を持つ子どもたちにとって、感情を表現する一つの手段となり、他者と関わる機会を得る場となっています。また、一部のプロジェクトでは、芸術スキルを将来の自立に向けた職業訓練と結びつける動きも見られます。

本記事では、ベトナム国内の孤児や困窮家庭の子どもたちを対象に、音楽・アート教育を通じて支援を行っている3つの主要な取り組みを取り上げ、その具体的な活動内容と社会的意義を紹介します。

目次
  1. ベトナムにおける児童福祉の現状と芸術教育の役割
  2. 事例①:ブルー・ドラゴン(Blue Dragon) ― ストリートチルドレンへの音楽を通じた自立支援
  3. 事例②:メゾン・チャンス(Maison Chance) ― 芸術による癒やしと自己表現の再発見
  4. 事例③:SOS子どもの村(Lang Tre Em SOS) ― 教育課程と課外活動に組み込まれた音楽・芸術活動
  5. 持続可能な支援に向けた課題と展望
  6. まとめ:芸術が拓く子どもたちの未来

ベトナムにおける児童福祉の現状と芸術教育の役割

ベトナムでは都市部と地方の経済格差を背景に、依然として多くの子どもが孤児院や保護施設での生活を余儀なくされています。政府やNGOによる公的支援は拡充されつつありますが、精神的なケアや個々の才能を伸ばす教育機会は、まだ十分とは言えない状況にあります。

こうした中、音楽やアートは、言葉で感情を表現することが難しい子どもたちにとっての共通言語として機能しています。楽器演奏や絵画制作を通じて自信を深めることは、孤立感の解消や将来への希望につながります。また、芸術活動を通じて規律や協調性を学ぶことは、将来の社会復帰に向けた重要な準備プロセスとして位置付けられています。

事例①:ブルー・ドラゴン(Blue Dragon) ― ストリートチルドレンへの音楽を通じた自立支援

ハノイを拠点に活動する「ブルー・ドラゴン/Blue Dragon」は、ストリートチルドレンや人身売買の被害に遭った子どもたちの保護と支援を行っています。同団体は、子どもたちが再び社会との接点を持てるよう、ヒップホップダンスや音楽制作などのストリート文化を取り入れた教育プログラムを展開しています。

子どもたちは音楽を通じて自身の経験や感情を表現し、同じ境遇の仲間と協力してパフォーマンスを作り上げます。このプロセスは、子どもたちが自己表現に取り組み、舞台に立つ経験を通じて達成感を得る機会となっています。

また、単なる趣味に留まらず、プロのアーティストを講師に招くことで、音楽業界での就業を目指す若者への将来の進路や選択肢について考える機会も提供しています。こうした活動は、社会から疎外されがちな若者たちに居場所と未来の選択肢を提供する一助となっています。

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事例②:メゾン・チャンス(Maison Chance) ― 芸術による癒やしと自己表現の再発見

ホーチミン市を拠点とする「メゾン・チャンス/Maison Chance」は、孤児、ストリートチルドレン、そして身体障害を持つ人々を対象に、住居、医療、教育を包括的に提供している国際的なNGO団体です。同施設において、音楽や絵画といったアート教育は、単なる趣味の域を超え、生活の質を向上させるための生活の質の向上や心身の安定を意識した取り組みの一環として位置付けられています。

メゾン・チャンスのアートプログラムでは、絵画クラスが特に有名ですが、音楽活動も盛んに行われています。プロのボランティア講師を招いた合唱や楽器演奏のクラスを通じて、子どもたちは孤独感や身体的な制約から解放され、音楽活動を通じて、自身の感情や思いを表現する機会が提供されています。特に、障害を持つ若者と孤児たちが共に一つの作品を作り上げるプロセスは、互いの個性を尊重し合うインクルーシブ教育の先駆的なモデルとなっています。

こうした活動の成果は、国内外での展示会や公演を通じて社会に発信されています。芸術を通じて自分にも価値があるという自信を取り戻した子どもたちの多くは、その後、デザインや音楽の道へ進むだけでなく、社会の一員として生活していくための力を身につける過程にあります。メゾン・チャンスの取り組みは、芸術が持つ心の障壁を取り除く力を象徴する事例といえます。

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事例③:SOS子どもの村(Lang Tre Em SOS) ― 教育課程と課外活動に組み込まれた音楽・芸術活動

SOS子どもの村(ラン・チェー・エム・エス・オー・エス/Lang Tre Em SOS)」は、ベトナム各地で家庭的な養育環境を提供し、子どもたちの長期的な成長を支援している児童福祉組織です。同村に併設された学校や教育施設では、通常の教科学習に加え、音楽や美術を含む芸術教育が、教育課程および課外活動の一部として実施されています。

音楽に関する取り組みは、体育や美術と並ぶ教育活動の一環として位置付けられており、基礎的な表現に触れる機会が設けられています。また、音楽クラブなどの課外活動や、行事・式典における演奏や合唱といった発表の場を通じて、子どもたちが仲間と協力しながら活動する機会が提供されています。文化・芸術分野の活動を通じて、地域レベルや市レベルの催しに参加する機会も設けられています。

これらの音楽・芸術活動は、学力の向上を直接の目的とするものではなく、情操面や社会性を含めた全人的な成長を重視する教育方針のもとで継続的に実施されています。専門的な治療や職業訓練を目的としたものではありませんが、子どもたちが安心して表現に触れ、文化的な経験を積み重ねていくための教育的基盤として、日常の養育・教育環境の中に組み込まれています。

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持続可能な支援に向けた課題と展望

アート教育による支援は、短期的な成果が見えにくいという側面があります。そのため、一時的なボランティアに依存するのではなく、長期的な指導体制の構築と資金の安定的な確保が課題となっています。

今後は、企業によるCSR活動との連携をさらに深めることが期待されます。楽器の寄贈や練習スペースの提供、あるいは芸術を通じたインターンシップの受け入れなど、多角的な支援モデルを構築することで、アート教育を単なる余暇ではなく、子どもたちの生存戦略の一部へと昇華させることが求められています。

まとめ:芸術が拓く子どもたちの未来

ベトナムの孤児院における音楽・アート教育は、子どもたちの心の成長を支え、将来に向けた可能性を広げる要素の一つとなりつつあります。経済的な支援が身体の成長を支えるものだとすれば、芸術教育は心の成長を支えるものです。

音楽を奏で、色を描くことで得られる喜びは、子どもたちが過去を乗り越え、自らの手で未来を切り拓くための強い原動力となります。ベトナム国内外の市民社会や企業が連携し、こうした文化的な支援が継続されることで、子どもたち一人ひとりが持つ可能性を伸ばしていく社会の実現が期待されます。