クマ胆汁農場の実態と構造変化。ベトナムの政策転換を支える3つの実践と国際的課題

クマ胆汁をめぐる問題は、動物福祉の観点にとどまらず、違法取引、伝統医療、地域経済、国際的需要といった複数の要素が交差する構造的な社会課題として捉えられています。その中でも象徴的な存在の一つが、胆汁採取を目的としてクマを飼育してきたクマ胆汁農場です。

かつて一部地域で商業的に行われていた飼育形態は、国際的な規制強化や社会的関心の高まりを背景に、その在り方が大きく見直されてきました。特にベトナムでは、政府による規制強化と保護政策の導入により、クマ胆汁農場は事実上終息へと向かいました。

政策転換後の段階では、救護されたクマの長期管理、元飼育者の生計転換、違法取引の再発防止など、複数の課題が新たに浮かび上がりました。こうした状況は、クマ胆汁農場の終焉が問題の解決そのものではなく、制度運用や社会的定着が問われる移行段階に入ったことを示しています。

本記事では、クマ胆汁農場を起点とした構造変化を整理したうえで、ベトナムの政策転換を現場で支えてきた3つの実践事例を紹介し、国際的な課題と協力の方向性について考察します。

目次
  1. クマ胆汁農場を起点とした構造変化と政策転換の背景
  2. ベトナムにおける規制強化と移行期の課題
  3. 課題解決に向けた主要組織の取り組み
    1. 事例①:Animals Asia ― 国内で政策転換を定着させる救護と社会的移行の実践
    2. 事例②:Four Paws ― 国境を越える課題に対応し政策転換を補完
    3. 事例③:Education for Nature Vietnam ― 市民参加を通じて政策の実効性を社会から下支えする国内モデル
  4. 再発防止と国際協力の深化
  5. まとめ:政策転換を社会に根づかせるために

クマ胆汁農場を起点とした構造変化と政策転換の背景

クマ胆汁は、伝統医療の一部として長年利用されてきましたが、需要の拡大と商業化の進行により、動物への深刻な負担や違法飼育が国際的な問題となっています。こうした状況を受け、「ワシントン条約(CITES:Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora)」をはじめとする国際的枠組みのもとで、各国において法制度の整備が進められてきました。

その結果、対応の焦点は単なる違法行為の取り締まりから、政策、文化、経済、教育を含めた包括的な対策への移行が進みました。現在では、規制の有無そのものよりも、制度変更後にそれをどのように社会に定着させるかが、重要な論点といえます。

ベトナムにおける規制強化と移行期の課題

ベトナムでは2000年代以降、クマ胆汁採取を目的とした飼育を禁止する政策が段階的に導入されてきました。登録制度の整備や摘発の強化、市民への啓発活動が進められた結果、国内におけるクマ胆汁農場は大幅に減少しています。

一方、制度変更後の段階では、没収されたクマの長期的な保護体制の確保、元飼育者の生計転換、違法取引の継続的な監視といった課題が残されています。現在は、規制を導入する段階から、制度を安定的に運用し再発を防ぐ段階へと移行している状況にあります。

課題解決に向けた主要組織の取り組み

こうした移行期の課題は、行政の規制や制度運用だけで完結するものではありません。救護体制の整備、制度運用の補完、社会的な意識変化の促進など、異なる役割を担う多様な主体の関与が求められています。

以下では、クマ胆汁農場の終焉後に残された課題に対し、現場で実践を重ねてきた3つの取り組みを紹介します。

事例①:Animals Asia ― 国内で政策転換を定着させる救護と社会的移行の実践

Animals Asia(アニマルズ・アジア)は、ベトナムにおけるクマ胆汁農場の問題が本格的な政策転換を迎える以前から関与してきた国際NGOであり、政策転換後の管理体制を国内で成立させる存在として位置づけられます。同団体は、規制そのものを目的とするのではなく、農場終焉後に生じる現場課題への対応を通じて、制度を社会に定着させることを重視しています。

北部タムダオのクマ保護施設では、没収されたクマを長期的に受け入れ、医療ケアや行動回復を前提とした恒久的な管理が行われています。これにより、摘発後にクマの受け皿が不足するという運用上の空白が回避され、政策が一過性に終わらない基盤が整えられました。

また、元飼育者に対しては、小規模農業や商業活動など、胆汁採取に依存しない生計手段への移行を支援する取り組みも行われています。これらの取り組みは、国内における再発リスクを内側から抑え、政策転換を現場で持続させる要素として機能しています。

参考リンク
・Animals Asiaの活動詳細ベトナムにおけるクマ胆汁農場終息に関する取り組み

事例②:Four Paws ― 国境を越える課題に対応し政策転換を補完

Four Paws(フォー・パウズ)は、クマ胆汁農場の問題を国境を越える構造的課題として捉え、国内制度だけでは対応が難しい領域を国際的に補完する役割を担ってきました。政策転換後に生じやすい緊急対応や越境性の高い事案に対し、救護と国際調整を組み合わせた支援を展開しています。

ベトナムを含むアジア各国では、緊急救護や国際移送の支援を通じて、国内の受け入れ体制では対応が困難なケースに関与してきました。こうした取り組みは、制度は存在するものの即応性や国際調整が不足する場面を補う実務的手段として機能しています。

特に、胆汁採取の需要や違法取引が国境を越えて存在する状況において、Four Pawsは国際的な連携を通じて再発リスクを外部から抑制する役割を果たしています。同団体の活動は、国内の政策転換を国際環境の側から支える補完的な実践といえます。

参考リンク
・Four Pawsの活動詳細クマを含む野生動物保護に関する国際的な取り組み

事例③:Education for Nature Vietnam ― 市民参加を通じて政策の実効性を社会から下支えする国内モデル

画像引用元:「ENV」公式サイト

Education for Nature Vietnam(エデュケーション・フォー・ネイチャー・ベトナム、ENV)は、ベトナム国内で野生生物保護に特化した活動を行い、市民社会と行政をつなぐ役割を担ってきました。同団体は、法制度の整備後、その実効性を社会の中で維持することに注力しています。

ホットラインを通じた通報制度により、違法な飼育や取引の早期発見が可能となり、行政による是正措置につながる事例も生まれました。この仕組みは、限られた行政資源を補完し、法執行を社会全体で支える基盤として機能しています。

また、啓発活動を通じて消費者側の意識変化を促し、需要そのものを抑制する役割も果たしています。ENVの取り組みは、農場終焉後の段階において、行政施策を社会の側から補完し、再発防止を内側から支える国内モデルといえます。

参考リンク
・ENVの活動詳細クマを含む野生生物保護と法執行支援に関する取り組み

再発防止と国際協力の深化

クマ胆汁農場の終焉は、問題解決の到達点ではなく、制度をいかに維持・運用していくかが問われる移行期の始まりを意味します。再発防止を実効性のあるものとするためには、国内で制度を定着させる取り組み、国境を越えた補完的対応、そして市民社会による継続的な監視が相互に機能する必要があります。

国内においては、救護体制や長期管理を通じて政策転換を現場で成立させる役割が重要となり、同時に、緊急対応や越境性の高い事案については国際的な連携が補完的に機能することが求められます。さらに、市民参加を通じた通報や啓発は、制度の実効性を社会の側から下支えする要素として欠かせません。

国際協力は、新たな対策を拡大するためのものではなく、すでに達成された政策転換を国内外の取り組みが連動する形で維持するための基盤として位置づける必要があります。内外の取り組みが役割を分担しながら連動することで、再発防止は一過性ではない社会的な仕組みとして定着していくと考えられます。

まとめ:政策転換を社会に根づかせるために

クマ胆汁農場を起点とした政策転換は、動物福祉や違法取引の是正において一定の成果を上げてきました。一方で、農場の終焉は問題解決の終点ではなく、制度を社会の中で持続的に機能させていく運用フェーズへの移行を意味します。

本記事で紹介した3つの実践は、それぞれ異なる役割を担いながら、この移行を支えてきました。救護や長期管理を通じて政策を国内で定着させる取り組み、国境を越える課題に対する国際的な補完、そして市民参加を通じて制度の実効性を下支えする仕組みは、いずれか一つでは成立し得ない相互補完的な関係にあります。

政策転換を一過性の成果に終わらせず、再発防止を社会的な仕組みとして根づかせるためには、こうした多層的な実践を連動させていく視点が欠かせません。クマ胆汁問題への対応は、規制の強化だけでなく、社会全体が次の段階へ移行できるかを問う取り組みであり、その成否は今後の国際協力と市民社会の関与の在り方に委ねられています。